思いつきで文章の草稿や断片を書くための場所。

草稿帳25-1

25

 矢が、何本も刺さっていた。
 いまやその紺碧の鎧でさえも血に染まっている。最早長くは無かろうということは、敵対する軍勢にも判った。
 たった一人、たった独りで、その伝説の勇士と謳われた者は敗走する主君の殿を努めた。
 その戦いの凄まじさは、その勇士の足元を見れば判る。一人で淡々と先発軍を鏖殺した。しかしその鬼神の如き働きを助けた黄金槍グングニルには血痕一つ見られない。
 敵軍はおそらく―恐れている。
 先日崩御なされた気難しき皇帝に、たった一人認められた証である翼のある兜を。数々の伝説、逸話を持つ黄金槍を。何よりもその忠義に。
 かの勇士は両手を広げ、通せんぼをするような形で、身体に矢を受けていた。そして、まだその瞳は光を失っていない。近づけば、あっという間にグングニルに貫かれそうな気迫が、死に瀕してなおあった。
 陽光に反射して、黄金槍が輝いている。
 この均衡も長くは、無い。


24

「義母様」
 雄一はいつもと変わらぬ、冷淡な目つきを向けて云った。
「ど、どうしたんですか?」
 息子より若き母親は、僅かに怯えの色を見せながら答えた。最初からこの態度であったため、嫌われていると思っていた所為もあり、いきなり話し掛けられて吃驚していた。
「土産です」
 雄一は淡白に云うと、硝子細工で造られたそれをそっと胸元から取り出して、懐紙の上に乗せて差し出した。
「・・・有難う・・・御座います」
 母親は受け取りながらも、豆鉄砲の喰らった鳩のような顔をしていた。
 改めて、何かの間違いではないかとでもいいたげな顔つきで雄一を見ると、雄一はその表情こそは何時も通り不機嫌そうであったが、よくよく見てみれば目元が柔らかく、気の所為とは判っていても、微笑さえ浮かべている気がした。


23

 その突然の乱入者に、不良達は戸惑いを隠せないようであった。
「な、何だお前・・・?」
「俺か」
 その男は少し考え込んだ。恐らく、不良達は名乗られるまでもなく、その男が誰か知っている。しかし記憶にあるそれとは、あまりにも姿が違いすぎた。二メートル近い身長、異様に筋肉質な身体、そしてゴツゴツした、全く可愛げのないツラ。赤いウェットスーツのようなピッチリした服を着、茶色いマントを羽織っている。しかしそれが誰か、と問われると皆一様に怯えながら答えるであろう。
「アンパンマンだ」
 一拍置いて答えると同時に、アンパンマンは不良の一人を目にもとまらぬ速さで打ち抜いた。
 不良達は動かない。否、動けない。圧倒されていた。
 アンパンマンは残る不良達に抵抗の意思が無いのを見ると、優しげに笑った。
「これでも喰って、はやく寝ろ」
 云うなり、アンパンマンは自分の頭をもいで不良の一人に差し出した。中には確かに美味そうな餡が詰まっているが、どういうわけか食欲が全く湧かない。
 しかし不良はこのお子様のヒーローが怖かったためか、大人しく「あ、有難う御座います」といって受け取った。
 頭が一部欠けたが、その漢らしさだけは微塵足りとも失っていないアンパンマンは肯くと、地を蹴り、夜空へと飛び立っていった。
 不良達は声も無かった。


22

 少女は水の中に沈んでいくような感覚を覚えた。深く、深く。暗く、暗く。
 その、自分が落ちていく更に下で、何か巨大で強大な気配が蠢いていた。
 少女は見もしないのに、何故かそれの姿が克明に判った。
 大蛇。赤眼の大蛇。
 その大蛇は、少女の脳裏で「待っていたぞ」と云わんばかりに笑ったようだった。


21

 六枚の、魔族の証である黒翼を生やした金髪の女師団長は、天界軍にとって忘れられぬ剣を持っていた。
「咎の剣・・・!!」
 天使の一人が云った。
 咎の剣を呼ばれるそれは、なんとも不気味な剣であった。危うげな紅い刀身に、その根源たる紅い宝玉が鍔の部分に埋まっている。
 そして、何よりも忌まわしいのはそれが生まれるまでの経緯であった。百五十六年前の戦争で、捕虜となった天使達の女子供約七十名の血を焼入れに用いたといわれる。その様は生温いものではなかったと云うのは想像に難くない。幾つかの、その現場に立ち会った者たちが書いた文献を見ても、
『天族、女子供皆裸にされ、首腕足を魔道束具にて拘束し、一人づつ解体しながら全身の血を絞り取るような有様であった。屍は見るに堪えず、まだ命有る天族は血の涙を流した。』
 などと記されている。更に、その見るに堪えずと書かれた屍全てを天界に送り返したというのだから、酷かった。
 そして今、その咎の剣を持った魔族が一人で天界軍の前に立っている。
「来たまえ天使達。この剣が欲しいだろう。私を倒してみよ」
 女師団長は口元に薄笑いさえ浮かべながら云った。
 天界軍に一瞬にして嚇怒の気配が満ちた。
「我等の仇ぞ!全軍吶喊せよ!」
 咆哮が轟く。
 一対百七十の戦いが始まった。


20

 王女は、自分の両手を見つめながら、涙を流し始めた。
 側近の何人かが酷く驚いた目で見つめている。気性の荒そうな将軍連中は刀の柄に手をかけ、今にも私を切ろうとしているようだった。
「私は・・・」
 王女が言葉を紡ぐ。皆、黙った。
「シュトレイハイエン、私は、自分が歯痒くて、情けなくてなりません」
「何を申されます王女様、貴方は民の象徴ですぞ。そこに居られるだけで皆の勇気となりましょう」
 将軍の中から一人が進み出て云う。
「その通りで御座います王女様。このような者のために涙を流される事はありません」
 私を先ほどから仇でも見るような目つきで見ている文官も、将軍に同調して云った。
「・・・・・・皆、少しでいいからこの者と私を二人にしてくれませんか」
「なりません!」
 王女が云った瞬間に、側近の一人が諌める。
「すいません、シュトレイハイエン。私には・・・何の、力にもなれそうにありません」
 王女はとめどない落涙と共に云う。
 私は答える。
「王女様、お気になされますな。我々は全軍を持って貴方の為に命を投げ打ちましょう」
「・・・・・・・・・・・・」
 王女は、酷く、酷く悲しい目で、私を見ていた。
 私は、逃げるように、敵意と悪意に満ち溢れたこの場所から退いた。


19

「ぷげらっ」
 赤い、渦巻状の変な花火は、火をつけて数十秒間を置いて「発動」した。「んだよぉーつかねぇじゃんよ、湿気てんじゃねーのか?」と云いながら上から覗き込んだ石井を巻き込んで。
 俺と仁科は慌てて下がる。
 物凄い花火だった。何処にそれほどの力を溜め込んでいるのか、と思わずにはいられないほどの小さな渦の先端から、高さ数メートルの白い火柱をあげている。
 先端から火柱をあげる花火が、回転しながら素早く移動するのは、なんつーか、もう、恐怖だった。
「花火って、凄いね・・・」
 何処かツラが現実逃避を始めている仁科がぽそりと呟く。
「まぁ、凄いって云うより・・・おかしいけどな・・・」
 花火が火柱を上げながらくるくる回る。確実に髪の毛は焼け焦げたであろう石井の顔から、煙が立ち昇っている。
 もう一個同じ花火があるんだが、・・・辞めとこう。


18

 幽閉されたとはいえ、キリーシャは完全に拘束されているわけではない。城の周りに結界が幾重にも張り巡らされているものの、城内は自由に歩けた。
 キリーシャは小さな手持ちランプを持ち、いつもの黒一色で歩いていた。腰近くまである黒髪、小さな黒い翼、黒いドレスに黒タイツ。靴まで黒で統一されていた。ランプを持っていなければその端正な顔と頭上にちょこんと載った銀の王冠が異様に目立つであろう。
 キリーシャは城内を暫しうろうろと目的もなく歩いていたが、さほど時間が潰せるわけではない。数百年にわたる幽閉期間で城内の本を全て読み尽くし、通路などは目をつぶってても、明かりが無くても十分歩けるほどに記憶していた。
 キリーシャは夙に見た覚えのあるバレエのシーンを思い出して、なんとなく足を踏み出してみた。
 そのまま通路をトントントンと踊りながら進んでゆく。何となくイメージと合わなかった。
 今度は目を閉じて、今の自分とは正反対の、記憶の向こうに居る真っ白なドレスに包まれた若きバレリーナになりきって再び動きを模倣した。
 トントントン、トントントン。
 軽快にステップを踏んで通路を進むが、矢張り記憶の美しきバレリーナになれずに、目を開けた。
 キリーシャは首を振って残念そうに軽く溜息をつくと、また普通に歩き出した。


17

 透は無表情に僕を見ていた。
 コード、ケーブルが部屋中に張り巡らされた透の部屋は何時きても暗い。そしていつも透が座っている所の周りにある五つのパソコンのモニターが光源となっているため、余計に暗さを感じさせる。
「やあ久しぶりだね、俊」
 久闊を叙す挨拶もあっさりとしたもので、透はすぐに自分の作業にもどった。
「透、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?何をやっているのか」
 僕が云うと透はキーボードを打つ手を止め、首を傾げて僕の方を見た。
「若木原裕一郎の研究の続きさ」
 ボソっと透は云った。僕は何かとんでもないことを聞いた気がして聞き返す。
「誰の研究だって?」
「若木原裕一郎」
 ぞっとした。洒落じゃなく、背筋に悪寒が走った。若木原裕一郎。あのドラえもんのように現実離れした案を実現させようとして、あと一息というところで密かに暗殺されたとされる人物。
「若木原裕一郎の研究って・・・冗談・・・だよな?」
 とは云ったものの僕は判っている。コイツは冗談何て云うような人間じゃない。
「まさか」
 それでも、と思った僅かな希望をも透はあっさりと否定した。
「そ・・・んなもの、一体何故研究を続けるんだ?」
「何、そんな大した理由があるわけじゃない。今はほら、人間が死ぬか、地球が死ぬかの瀬戸際だから僕は地球側についたのさ」
 透はまるでそれが本当に大した事ではないように云った。確かに・・・それ自体は大した事無いのかもしれない。しかし、若木原裕一郎が出てきたらそれは一変する。若木原裕一郎がやっていた研究、昔手塚治虫が描いた漫画に出てきた酸素爆弾。酸素を伝って連鎖的に爆発すると云う、つまり完成した時点で人類、否、全生物の全滅が決定付けられる恐ろしいものだ。
「そん・・・」
 透は止めさせようと叫びかけた僕に向かって珍しく笑いかけ、云った。
「何、心配ない。完成した暁には皆死ぬんだ」
 どんな不安ですらも打ち消してしまうような、透のその笑顔を見て、僕は一寸だけそれもいいか、と思ってしまった。


16

 飛行場の電子パネルが俺の搭乗する飛行機の時間を告げた。もう十分ほどで飛行機に乗らねばならない。
「・・・おっちゃん、寂しくなるね」
 由紀が涙を堪えながら云う。
 俺も泣きたい気持ちだったが、由紀の手前、笑った。
「なぁーに云ってんだよ!今生の別れでもあるまいに。それにおめーはまだ若いんだから出会いなんざ腐るほどあるさ!イチイチそんなに悲しむこたぁねぇよ」
「う、うん・・・。でも、おっちゃん、三年は・・・長いよ?」
 笑顔で見送って欲しかったが、由紀は中々笑おうとしない。
「莫迦云うな。あっという間さ。少し転寝してる間に三年なんて過ぎちまわぁ」
「・・・・・・」
 由紀は矢張り何処か寂しそうに、泣くのを堪えていた。
 なんと云おうか考えているその時、アナウンスが俺の乗る便の搭乗を促した。
「・・・由紀、おめーも元気でやれよ。三年経って萎びてたら、ぶん殴っちゃるからな」
 俺は荷物を肩に掛け、由紀の頭をくしゃっと撫でた。
「・・・わかった。元気でやる。三年、待つ」
 由紀は踏ん切りがついたのか口をぎゅっと一文字に結ぶと、強く頷いた。
「おう、その心意気だ」
 そして俺は歩き出そうとした。
「そうだ、おっちゃん、忘れてた忘れてた。ちょっと」
「あん?」
 俺は由紀の、耳を貸せというジェスチャーのままに腰を屈めた。
「じゃな、んっ」
 由紀は一瞬の間に俺に口吻をして、笑って手を振りながら身軽に走って行った。
 ポカンと立ちすくす俺に、アナウンスが再三の搭乗を促していた。


15

「・・・なぁ」
「あんだよ」
「明らかにコレ、オカシイだろ」
「・・・普通の卵じゃねぇか。ユリカさんに貰ったんだろ?大事にしとけよ」
「だってさっきからコトコト動いてんだぜ?」
「じゃあ孵化させて育ててやりゃあいいじゃねぇか。・・・さっきからお前煩くて本読めないんだから黙ってろよ」
「そういう問題じゃなくて・・・ん?ヒビが・・・」
「そら、いよいよ孵化すんだろ。オトーサン、しっかりな」
「・・・あ。・・・!?ちょっ!?待て!何だこれ!」
「煩せェっつってんだろ・・・ってえぇ!?」
「たま、卵から腕が出てきたぞ!?」
「しかも妙に筋肉質だし!粘液ついてるし!何の卵だよ!」
「しらねぇよ!オイ、なんか手ェ振ってるよ!」
「やべぇ出てくるぞ!?」
「ず、ずらかれっ!」
「あっ!手前!ユリカさんに貰ったものを捨てていいのか!」
「あんな筋肉質な何かにインプリンティングされてぇなら其処に居ろ!」
「・・・インプリ・・・刷り込みか!うわ、厭すぎる!待てコラ、俺も逃げる!」


14

 その女の子は目尻に涙を溜めて突っ立っていた。
「・・・何よ」
 何時までも僕が立ち去らないのに気付いたその女の子は露骨に険悪な視線を僕にたたきつけた。
「あ、あの・・・」
 さすがに、僕もこんなに敵意を向けられては話し難い。女の子はマリージェ達が云っていた通り、魔女のような格好をしていた。手には先っちょがぐるぐると渦を作った木の杖を持ち、薄紫の先が曲がっている長帽子に、帽子と同色のローブ。その間から零れる金髪がとても綺麗だった。
「君は、ほ、本当に魔法使い・・・なの?」
 単刀直入に聞いた。マリージェ達は彼女の格好と魔法使いと云う自称を聞いておおいに馬鹿にしたらしい。
「・・・どっちだっていいじゃない。あんたもあっちに行ってさっきの連中と一緒に勝手に笑ってればいいでしょう」
 女の子は視線をより一層険悪なものに変えて答えた。目尻から一筋涙が伝っている。
「そ、そんなに怒らないでよ・・・。別に僕は笑いに来たんじゃないんだよ」
「煩いわねっ!じゃあなんなのよっ!さっきの連中も!他の連中も!人間なんて碌なのが居やしないわ!」
 女の子は僕に向かって怒鳴りつけると、杖で地面を叩いて、泣きながら僕を睨みつける。
「僕はただ、」
 言葉を言い切らぬうちに、女の子は杖を真っ直ぐに僕の方へ向けた。
「・・・友達になりたいと思って」
 何かされるかと思って一瞬目をつぶるものの、何もされなかったので言葉を続けた。
「・・・そんなにあたしを虚仮にしたいわけ?」
 女の子はさっきとは転じて抑えた口調で云う。
 杖は僕の方へ向けたままだったが、まだ大丈夫、何もされなかったようだ。
「そんな、・・・友達だよ。虚仮にするんじゃなくて友達になりたいんだ。僕は街のパン屋の子供でクワイデル。クワイデル・シャーン。・・・君は?何て云う名前?」
「・・・・・・・・・・・・」
 女の子は杖を微動だに動かさない。
「・・・わ、わかった、今日は帰るよ。そうだ、家のパンを幾つか持って来たから食べない?焼き立てだから美味しいと思うし」
 僕は鞄から、まだ包みも温かいパンを取り出して女の子に差し出す。しかし、一向に僕の方を見ようともしなかったので、下にそっと置き、「じゃあ、またね」とだけ云って帰ることにした。女の子から返事は、無かった。


13

 夕暮れ時の鉄橋下の川原。
「くらえっ!!面撃ち!」
 片手で竹刀を持った少年が、素早く相手の脳天に振り下ろす。
 同時に。竹刀を受け止めようと相手も両手を上げ、
「無駄だ!真剣しら・・・」
 ゴン。
「・・・・・・・・・あ」
「・・・・・・・・・・・・」
 水面に夕日が反射してとても綺麗だった。


12

 我等一行は休憩を終えて再び出発した。
 どこまでも砂の海の中に一つ。天に向かって伸びる高い、高い塔。
「皆、もう少しだ。もう少しで着くぞ」
 先頭の男が振り返って行った。
「リーダー、あれは本当にバベルの・・・?」
 後ろに従う者の一人が声を返す。
「当たり前だろう、我々は何故此処に来た?あると知っているからだろう。変な事を聞くんじゃない。そもそも、もう見えているではないか」
 しかし、私は休憩中に見てしまった。
 前に見えるバベルの塔は、陽炎の如く揺らめいていたのを。
 砂漠を歩きつづけて皆疲労も限界に達している。夜っぴての強行が祟ったか、昼夜の温度差が祟ったか、果てはその両方か。
 水も食料も最早それほど残ってはいないだろう。
 それでも、ほんの少しの、掌から零れ落ち損ねて残った砂ほどの僅かな確率に賭けて、我等一行は進む。どこまでも砂の海の中に一つ。天に向かって伸びる高い、高い塔へ。


11

 一人の白髪をいただく初老の男が城の王座への道を進んでゆく。
 両手に紫光猛る剣を持ち、ゆっくりと歩いてゆく。
 目指す先、たった一つの王座にはまだ若き年頃の少年が一人腰掛けていた。巨大な王の間に生きた人間はその二人しか居ない。
「我が愚かなる息子アルバントゥス。最後に問おう。貴様は一体何がしたかったのか?」
 初老の男が歩みを止めずに云った。
「・・・父上、いや、ロントゥスよ。貴方にはどう云ったところでこの壮大なる計画は判るまい」
 アルバントゥスは諦観の表情を浮かべて答えた。
「仕えてくれた臣下を殺し、民を殺し、挙句は友国まで滅そうとした。それが貴様の壮大な計画と云うのか?」
 ロントゥスは歩みを止めない。徐々に王座に近づいてゆく。
「革命が必要だったのだ、ロントゥス。こんなちっぽけな領土の王として寂滅しようとは私は思わなかった。王は一人で善い。とびっきりの、帝王がいれば善い」
「王の王など、要らぬ。貴様のそれは束の間の道楽の為に後世に叛乱を呼ぶだけだ」
「・・・ふふ、矢張りな。父上、貴方には永遠とわかるまい」
 ロントゥスは王座の前にある段にまで来た。
「貴様が愚考を犯したが為に私は息子を殺さねばならなくなった。かの偉大なる戦士ヒルデブラントがしたように」
 ロントゥスが云いながら片方の剣をアルバントゥスの足元に突き刺す。
「どうするアル、いやアルバントゥス。貴様に我が一族の血がまだ残っているというのなら、この剣を取り闘うがいい」
 そう云ってロントゥスは一歩、段を降りた。
「・・・・・・・・・・・・」
 しかしアルバントゥスは動かない。
「・・・私は貴様の云う壮大な計画とやらの為に集まった者どもを皆、殺した。恨みを晴らそうとは思わぬのか?」
「今更父の情けか、ロントゥス!子を、このアルバントゥスを殺すのにまだ躊躇うか!」
 アルバントゥスは怒りに任せて立ち上がって剣を抜いた。
「・・・来い。ハドゥブラント同様、戦士の一族として屠ってやる」
 ロントゥスが剣を構える。
 と、同時にアルバントゥスが上段に構えて、踏み込むと同時に突きを繰り出した。ロントゥスは刀身で軌道を外側に弾き、剣をそのまま振り下ろす。
 アルバントゥスは頭上から斬られた。そのまま地に崩れ落ちる。とてもあっけない最期だった。見る間に血が広がり、ロントゥスの足元を赤く染める。
「・・・お別れだ、アル。私にはまだやらねば為らない事がある。老兵老いてなお去れず、か・・・」
 ロントゥスはアルバントゥスの死体に向かって十字を切ると、踵を返して歩き去った。


10

 俺は最後に殺した男の頭蓋を抱えていた。
 戦いなどしたくない、もう、したくないのだ。
 俺は最後に殺した男に頼まれたとおり、そいつの頭蓋と純金のロケットを持っていた。
 ここからでは景色が良く見えない。廃車と化した、数時間前までは現役だった車が堆く詰まれている所為で、肝心の景色を覆っている。
 空は糞みたいに青いのに、地面は糞みたいに赤黒い。
 廃車の山のてっぺんに立って遮られていた景色を見る。
 判っていたけれど、そこには、更なる数の死体が転がっていて。
 矢張り虚しいものだと再認識する。戦いも。勝利も。


9

「ルゥフェルッッ!!」
「ジョシュア!!」
 危険は元より覚悟していたけど、危険が現実になると酷く慌てる。中々漫画や映画のように冷静に対処なんて出来ない。僕はルゥフェルの腕を掴みながら思った。
 最初はいかにも、って感じの橋で危険な感じがしたけれど、まぁ橋なんだからそうそう落ちはすまいと思ったのが誤りだった。その橋はまるで人が通る度に仕掛けなおされる周到な罠のように、あっさり先に足を踏み出したルゥフェルを谷底に落とそうとしている。
 徐々に、ルゥフェルの腕がずり落ちて往く。
「駄目だ!ジョシュア、一度戻れ!」
「君を此処に捨てていけというのか!?」
 ルゥフェルは一瞬だけ目を伏せた。
「・・・君のためだ、ジョシュア」
 次の瞬間、ルゥフェルは僕の手を振り放した。ルゥフェルの身が重力によって、
「ルゥフェルゥゥゥゥッッッ!!!」

 ジリリリリリリリリリリリリ、というけたたましいベルの音によって目が覚めた。どうやら僕が叫ぶと同時に鳴り出したらしい。僕は助かってしまった。しかしルゥフェルはどうなるのだろう・・・。
 僕は胸中に重い影を落としながらも、今日も登校の準備を始める。
 ―――――日帰りクエスト夢行伝。好評発売中。君の戦いは、強く、美しい。

「なんて云うのはどうだろう?」
「少し悲壮すぎやしませんか部長。購買層を考えてもう少し楽しく・・・」
「何を云う!悲壮であるがゆえに真実味、"りありてぃ"が望めるのだろうが!」
「そんなものですかねぇ・・・。矢張りもう少し案を出してみましょうよ」
「うむ・・・。一度リサーチをとってみる必要があるな」

 ―――――日帰りクエスト挽歌。好評発売中。戦い無くして、勝利は無い。


8

「・・・気に入った」
「んあ?」
 フードを目深に被った男は口元をニヤリと歪めると、外套の内側から一冊の、酷く分厚い古書のような本を取り出した。
「この本をあんたに預けるよ」
「む?」
 私は差し出された本を無意識に受け取った。なんだか、それは受け取らねばならないようなものの気がしたのだ。
 表紙を見てみる。擦れて所々消えてしまった、日本語ではない文字でタイトルらしきものが書いてあった。
「大事にしておくれよ」
 なんだかよくわからない本だったが、男が大切にしているものだという事だけは判った。私は満面の笑みを浮かべて答える。
「・・・分かった。一生面倒見るよ」
 そう言って安請け合いに答えた瞬間から、間違いない、何処かヒトツの世界のトキが動き出したのだ。

「・・・・・・・・・・・・読みなよ?」
「そんな!」
 ただ、無茶苦茶分厚かった。


7

 私は今日で二十年この地に住んでいるというのに、その山腹にある動物園が開園しているのを見たことがなかった。
 近くまで行ってみたことはある。門は錆び、蔦が絡まり、門から見える風景でさえも、動物が一匹も入っていない壊れた檻や、不自然に上が捻じ曲がった檻、通路には木が倒れていたりと、とてもまだ営業しているようには思えなかった。
 子供は皆廃園していると思っている。しかし街の大人たちは皆口を揃えて「営業している」と言うのだ。
 私は明日引っ越してしまう。
 友達との別れは済んだ。心残りはそれだけだった。
 ふと、時計を見ると真夜中の二時になろうかという時間帯だった。迎えが来るのは翌朝十時、後八時間後である。それまでにもう一度だけ行ってみたくなった。

 動物園は相変わらずだった。電気一つ灯っていない。そもそも、電気が通っていないのだ。
 酷く辺りは木の所為で暗いが、園内は倒れている木と檻くらいしかないため、月明かりがあって少しは明るいようだった。
 私は丁度見えた園内にある手頃な木に腰掛けて休憩しようと思い、蔦をちぎって錆びた門を抉じ開けた。鍵は掛かっていないらしく、少し触れただけで開いた。どうにも遊園地のお化け屋敷のような雰囲気がある。
 私は木に腰掛けて空を見上げた。なんとも不気味な動物園であったが、これで見納めかもしれないと思うと少し感傷的な気分になった。
「お嬢さん」
 急に背後から声が掛かった。
「っ!?」
 思わず飛び退こうとして、バランスを崩す。
「おっと・・・。お嬢さん、見ての通り汚い場所なんでお気をつけて下さいよ」
 其処に居たのはどうにも不似合いなピエロだった。けばけばしい装飾を顔面にして、赤鼻をつけ、派手な衣装を身に纏っている。そのピエロは私が転ぶよりも早く抱きとめて困ったように笑った。何故か風船を七つほど腰につけている。
「・・・、・・・?」
 何か言おうとしたが声が出てこなかった。言おうとした事が多すぎて詰まってしまった。
 それを見てピエロは、
「まぁまず落ち着いてくださいお嬢さん。・・・当動物園へようこそ」
 腰から風船を一つ取り外して私に握らせ、丁寧にお辞儀をした。
「動物園・・・」
「そう、ご覧の通りです。入場料は結構ですよ。夜明けまでの動物園です。どうぞごゆるりと」
 ご覧の通りと言われて改めて中を見て、私は酷く驚いた。
 檻の壊れた部分を使って子供のサルが二匹ほど追いかけっこしており、上が不自然に捻じ曲がった檻からは見たことも無いほど首が長い麒麟が顔を出して、後少しで届く距離にある葉を食べようと躍起になっていた。
「これは・・・?」
 私はピエロに説明を求めようとして振り向くと、既にその場にピエロは居なかった。仕方がないので改めて見始める。
 確かに、其処は動物園だった。全ての檻には動物が入り、時折壊れた檻から逃げたと思われる動物が落ち葉だらけの通路をテコテコと駆けてゆく。
 そしてよくよく見てみると、どの動物も薄っすらと皮膚に青みを帯びていて、妙な嘘臭さがある。私はそれを見ていて唐突に、何の違和感も無く、あぁみんな幽霊なんだと理解した。
 私は何だかとても満足で、夜が明けるまで、動物園が再び廃墟に戻るまで、園内をぶらぶらとしてずっと見ていたのだった。


6

「悪魔の子だ!」
 誰かがそう言いながら投げた石がその女の子の額に当たった。
「悪魔の子だ!」
 誰かが何処か高い所から通りを歩く女の子に向かって罵りの声を上げた。
 女の子は毅然として歩いている。
 石の痛みも声の痛みも感じないかのように、泰然として歩き続ける。
 依然として街の人の視線も態度も露骨に険悪だった。通りを歩けば露天は閉まり、道ゆく人はわざと女の子を避けるように歩いている。
 やがて紅色の血が女の子の額からツツと流れた。
 女の子はそれを拭おうともせず、正面で石を持って振りかぶったまま固まっている子供を射るような眼光で睨みつけた。子供は慌てたように逃げ出した。
 まるで意思などないかのように全てを受け流して歩く女の子を見て、僕は一体何故其処まで嫌われているのだろうか、と少し興味を持ってしまったのだった。


5

 コンボイ君はちょっと怒りっぽいけどみんなのヒーローです。
 コンボイ君は何時も黄色い麦藁帽子を被った、アンパンマンのようなまん丸の赤い鼻がある熊です。
 ある日、斉藤君がコンボイ君に向かって言いました。
「パパが言ってたけど、誰かが中に入ってるんだって!」
 コンボイ君はそんなことはない、そんなことはない、と首を振りました。
 でも、斉藤君は信じようとしませんでした。顔を掴んで、中の人を見ようとしました。
 その時、コンボイ君の目が光って、
「中の人など居ない!」
 と言いながら自分の左腕を肩から右腕でもぎ取りました。するとブチブチと 言う音と共に、何本もの青や赤のケーブルがスパークを放ちながら千切れました。
 それを見た斉藤君は、その場に座り込んでおもらしをしながら、
「ごめんなさい」
 と泣いて謝りました。
 コンボイ君はちょっと怒りっぽいけどみんなのヒーローです。


4

 金髪の修道女は刻印のなされた剣を抜いた。
 赤目が一瞬にして状況を把握し、無駄なき殺戮劇の予行を行う。
 聖剣が呪剣に共鳴して、修道女の周りに呪列を生み出した。五匹ほどの四足の化物達が遠巻きに隙を狙って修道女の周りをうろついている。
 修道女は丁度正面に居る化物を一瞥した。
 刹那、修道女の背後に居た化物が好機と見たか、後ろ足で地を蹴って襲い掛かる。
 化物が剣の射程内に入った瞬間、修道女がその場で腰を落としながら踊るような横一回転をした。
 化物が上下に両断されて地に落ちる。
 その瞬間に今度は修道女が仕掛けた。正面に踊り出て一瞬で化物を両断、そのまま横から襲い掛かってきた化物を下から串刺しにして、別の方向から襲い掛かってきた化物に向かって投げた。
 飛来してきた死骸に阻まれて化物が止むを得ずに着地した瞬間、修道女が呪剣を投げて死骸ごとその向こうに居た化物を突き刺す。
 呪剣を投げた瞬間に残った化物に向かって聖剣を叩き付けるかのごとく振り下ろして頭骨から唐竹割りに裂いた。
 化物が皆死骸と化したことを確認すると、修道女は一つ溜息をついて呪剣を死骸から抜き取り、修道院へと戻って行った。


3

 友達は居ないからノートに猫の絵を描く。
 友達は居ないからノートに痩せた子猫の絵を描く。
 こんな猫はどんな事を言うだろうか、と思い吹き出しを描いたけど、中に書く言葉が浮かばなかったので数日間そのまま放置していた。
 ちょうどその授業の時間になって再びノートを開いてみると、吹き出しの中に「お腹が減った」と書いてあった。何となく、私は猫缶を三つほど描いておいた。
 友達は居ないからノートに猫の絵を描く。
 友達は居ないけどノートに太った子猫の絵を描く。
 なんだか、痩せた猫も太った猫も、幸せそうな顔で眠っているように見えた。


2

 その野花は酷く毒々しいように私には思えた。
 薄紫の掛かった野花は砂嵐の中で酷く目立つ。それ故に毒々しいように思えた。
「ほぅ、嬢ちゃんもそいつが気になるかね」
 老人は私が何を見ているのかに気付くと、口の端を吊り上げて笑った。
 私は頷いた。
「この花はな、毎年この時期に十日間だけ咲く」
「十日間だけ?」
「そう。しかも一斉にじゃ。台風の最中でも炎の中でも、必ず咲く」
「炎の中?」
「十二年前大火事があったときだがな・・・。咲いていたんだよ。わしは見た。炎の中でも消し炭になるまで、立派に咲いていた」
 老人は戦友を見るような目で花を見た。
「わしはそれを見て、生きる強さを見た」
 そう言う老人の目には、私がかつて憧れていた、戦士の強い光が確かに灯っているのだった。


1

 巨大な岩のゴーレムが背に石斧を背負って駆ける。
 巨大な岩のゴーレムの肩には私が腰掛けている。
 巨大な岩のゴーレムは三つの赤い探索眼で遠くを見て、再び駆ける。
 私のゴーレム。私のヒーロー。
 巨大な岩のゴーレムが駆ける。