思いつきで文章の草稿や断片を書くための場所。

草稿帳50-26


50

「何故私がそんな子供を殺らねばならないのです」
 黒いスーツを着て、二股の黒剣を持つ女が、いささか不服そうな色を交えて云う。
「厄介だからだ」
 三人用ソファーを足まで乗せて占有している男は、面倒臭そうに答えた。
「そんな理由で・・・」
「おい、一応はそんな餓鬼でもウチの奴らは三人負けてんだ。甘く見るなよ」
 その言葉を聞いて女の表情が僅かに変化する。
「三人・・・」
 資料に目を落とす。抹殺対象に選ばれた、高校生のその容貌はさすがに幼い。名は森高悠太郎とある。
「この子が持つ武器の剣とやらは何か特殊コーティングでも・・・」
「ないない。それは元が色々とやべぇ物質で出来てるんだよ」
 男は厭そうな顔で云った。
 女は暫し黙り、考え込んだ。男の方もそんな態度に慣れているのか、足をぶらぶらさせながら返答を待つ。答えはあらかた予想できているのか、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「では、出ましょう」
「おう、そう云ってくれると思ってたぜ」
 男は今度は隠そうともしない、大っぴらな笑みを浮かべた。女は微塵も笑わなかった。


49

 まるで、人がそのまま倒れているように見えた。
 セウシュカは恐る恐るその傍まで近寄った。後ろで崩れた石壁に隠れたモッシュとパトゥリが「おい、もういいから早く帰って来い」だの「ちょっと其処まで行かなくてもいいわよ!」だの小声で喚いている。
 しかし、セウシュカはまるで魅入られたかのように動かない。小さく、小さく足を進めていた。
 それの前まで来る。
 それは矢張り人ではなかった。目らしきもの以外の一切がない、ラグビーボールのような頭がそれを証明している。
 しかし相変わらず首から下は人間のように思える。セウシュカは夙に学校の授業で聞いた、首をとられて死んだ勇士を使って創られた狂戦士、セイベロンの話を思い出した。
 最早セウシュカには、モッシュとパトゥリの声も全く聞こえない。セウシュカはそれの傍らにしゃがみこんだ。
「貴方は・・・セイベロンさんですか?」
 セウシュカは誰にも聞こえないような、風に攫われてしまうほどの小声で話し掛ける。
 返事は無論のことない。
 しかしその眼窩らしき部分の奥が、僅かに赤光を帯びたような気がした。


48

 ガシャン、と教室の窓を蹴破って誰かが乱入してくる。
 悠太郎はもはやこれまでと思った。
 敵の、黒スーツを着た女は、見た目以上に俊敏であった。それに二股になった矛のような黒剣も厄介である。
 悠太郎は剣を片手持ちに変え、片手でもう一本差してある自害用の小刀に手を伸ばした。
 しかし、
「・・・お仲間が居ましたか。一体どうなってるんでしょうねこの学校は」
 敵は、そう云った。悠太郎はその言葉に酷く驚く。そして敵からは目を離さぬように後ろを見た。
「・・・三間坂!?」
 同じクラスの、矢鱈と無愛想なクラスメートが其処に居た。下はスカートのままだが、上に女子からは大いに不評な茶色ジャージを着ている。そして目に止まったのは手だった。手の甲にジャージから丸みを帯びた黒いパーツが出ており、そこに鋭い二本の鉤爪が付いていた。
「お手伝いしましょう」
 三間坂は立ち上がると、悠太郎の方を一顧だにせず云った。


47

「うあ・・・あ・・・」
 鬱蒼とした森の中で、チェンカは必死に逃げようとした。しかしすぐに木に背がぶつかって逃げ場が無くなる。
 目の前には獣人の中でも屈強かつ強大だと思われる体格の獣人がいた。黒く、丸い、感情の色が読み取れない目でチェンカを見下ろしている。
 チェンカは拭いきれないほどの絶望を味わっていた。腰が抜けてしまっていて立てないし、仮に逃げたとしてもあっという間に追いつかれるだろう。
 死ぬのは怖かった。人間の国から逃げるようにこの森に転がり込むようにして逃げてきたとしても、矢張り死ぬのは怖かった。
 人間の国と獣人の国はこの鬱蒼とした森を挟んで両側にある。だから自然と森中に国境があるのだが、酷く判りにくい。それ故に森中にいる人間を殺すことを趣味としている獣人や、同じく森中に居る獣人を狩る、人の狩人も居る。
 チェンカはこの眼前の獣人を前に、今、死ぬんだと他人事のように思った。
「ここは獣人領だ」
 その獣人は云った。云い方はつっけんどんだが、思いのほか優しげな声だった。途端に優しかった両親や、一緒に居て退屈しない友達を初めとした記憶が走馬灯のように奔流してきて、止めどなく涙が溢れ出てくる。そして一番近い記憶、両親が押し入ってきた騎士団とは名ばかりの強盗に斬り殺された場面を思い出して、いよいよ泣けてきた。
「ううう・・・!」
 チェンカは涙まみれのその目で最後の抵抗とばかりに思いっきり獣人を睨みつけた。が、次の瞬間には怪訝そうな顔に変わる。
 その獣人は困ったように指で頭を掻いていた。よくよく耳を澄ましてみれば、口の中でもごもごと「云い方が不味かったか・・・?」といっているのが聞こえた。
「お嬢ちゃん、ここは獣人領であって、人が来て良い所ではないよ」
 今度は幾分か慎重そうな口調で、云い直した。
 何だか、チェンカが話に聞いていたような獣人とは大分違っているように思えた。
「私を・・・食べたりしない・・・?」
 チェンカは助かりたい一心からか、勇気を振り絞って恐る恐る一番の懸念を口にする。
 しかし獣人は、これが答えとばかりに口を開いて鋭利な牙を見せた。
 チェンカは息を飲んだ。恐怖で心臓が止まってしまえばいいのにとすら思った。
 暫し、獣人はそうやってチェンカを見ていたが、チェンカが本気で放心しそうなのを見てとると、急に態度を変えた。
「嘘、嘘だ嘘。食べたりはしないよ」
 獣人なりの洒落のつもりらしかった。あまり洒落になっていなかったが、チェンカはひとまず息をつく。
 瞬間、
「ガアッ!!」
 獣人が今度は咆哮をあげながら牙を剥いた。
「っ・・・!」
 チェンカは、今度こそ恐怖に意識が塗りつぶされて、気絶した。
「あ、あれ?」
 獣人が慌てふためいたようにチェンカに駆け寄る。
「おい、悪かった悪かった、もうやらないから起きろ、おい」
 獣人はチェンカの頭を軽々握れ潰せそうなほどの大きな手で、チェンカを揺すった。かなり大きな揺れ方であったが、チェンカは目を覚まさない。
「困ったな・・・」
 獣人は、自業自得だが本気で困った表情になると「仕方ないか」と呟いてチェンカを肩に背負った。
 そしてのしのしと、木の数本やそこらなら踏み倒してしまいそうな足どりで、来た道を引き返し始めた。


46

 宙で、卵が爆ぜた。
 中から生まれた幾条もの光の筋が見る間に纏まり、一羽の大きな光鳥となった。
「割れた・・・」
 少女が幾多もの感情がない交ぜになった表情でその経過を見つめている。
 生まれたばかりの光鳥は、何度か少女の周りを飛んだかと思うと、何処までも深い夜空に飛び立っていったのだった。


45

 今年も寒い季節になった。
「姐さん、やっぱり休みましょうよ。無理ですよ。そんな身体で周れば死にかねませんよ」
 ある雪国の一軒家からそんな声が聞こえてくる。中を覗いてみると、喋っているのは一頭のトナカイである。トナカイが、隣に居る少女のサンタクロースに話し掛けていた。
「煩ェなーお前は。一番の稼ぎ時に風邪なんかで寝てられるか莫迦」
 その少女のサンタクロースは、もこもこの暖かそうな赤服に身を包んでいるものの、額には市販の熱冷ましシートを貼り付け、口には体温計を咥え、その顔はほんのり赤かった。地図帳を持つ手が小刻みに震えている。
「でもそんなことして倒れたら困るのは姐さんですよ」
 トナカイが困窮しきったような口調で云う。
「莫迦云え、不況のこの時期に更なる大時化を舐める羽目になってたまるか」
 少女のサンタクロースは断固云い切る。
 トナカイは諦めたように溜息をついた。


44

「せんせぇー!これは進化するとなんになるんですかー?」
 園児が図鑑の一頁を指差して保父に問う。
「んんー?ゴリラ?あぁ・・・えっとなぁ・・・」
 保父は腕組みをして、一瞬思案する。
「それの進化体系には陰陽の二種類あってな」
 質問をした園児が顔を輝かして答えを待つ。
「陰に進化するとゴツいインファイター、ボブ・サップになって、陽に進化するとゴツい守護神、オリバー・カーンになる」
「す・・・すっごぉい!先生やっぱり物知りだぁ!」
「なぁに教えてるんですかあんたはー!!」
 保父と同年代ほどの若き保母が後ろから怒涛の勢いで駆けつけてくると、保父にドロップキックをかました。


43

 茂久は、疲れきった表情で云う。
「なぁ・・・美那子、お前、もし・・・俺が組織を裏切って殺されることになったらどうする?仇討でもしてくれるか?それともお前が俺を殺しに来るか?」
 美那子はその裏切りの予告とも取れる台詞にも動じることなく、答える。
「・・・組織が命じれば、殺します」
「・・・・・・そうかー・・・そうだよな・・・」
 茂久は何処か残念そうな表情で云った後、苦笑した。
「お前が俺のために何かする理由なんて、何処にもな」
「でも」
 美那子は茂久の台詞を遮って言葉を続けた。
「貴方を殺したあと、私も自害します」
 茂久は予想外の反応にぎょっとして美那子を見た。美那子は相変わらず無表情で遠くを見つめている。
「・・・莫迦な、何故そんな莫迦な事を・・・」
「貴方は独り身でしょう」
 美那子は顔を僅かに傾けて、茂久の方を見た。
「・・・そうだが・・・あの世で喚くほど寂しがりやではねェよ」
 茂久は苦い顔で答えた。少し、照れ臭かったのかもしれない。
 その答えを聞いて僅か、本当に僅かだが、美那子は意外そうな表情をした。
「それじゃあ・・・」
「ああ、生きろ生きろ。お前は生きろ。精一杯生きて、出来る事なら組織から抜けて、幸せに死ね」
 茂久が美那子が何か云い掛けるのを手を振って遮り、言葉を続けた。
「いえ、そういうことではありません」
 美那子はきっぱりと否定した。
「何が」
「ですから、貴方がそうなら、寂しがりやなのは、私なのでしょう」
 それを聞いて表情が全部抜けたような顔で呆ける茂久に、美那子は茂久が初めて見る温かな微笑を浮かべた。


42

「んー・・・これはどうかな・・・」
 少女が棚に陳列する帽子を一つ、手にとって眺める。
 狭い、客の無い帽子屋の中で、一人の銀髪碧眼の少女がかれこれ一時間近く探していた。狭い割りに帽子の数は相当あり、未だ全部被り終えてはいない。
 帽子屋の親爺はそう云う商売のくせに人の美的センスに無関心なのか、新聞から目も上げようとしない。不機嫌そうにずっと新聞に目を落としているが、これは少女が入ったときから変わっていないので、別に少女の所為というわけではないだろう。
 しかし、少女も此処が他の帽子屋のように入るなり店員が媚を売ってきて、どれを被っても「お似合いですよ」と(実際本当に似合ってはいるのだが)云う様ならば一時間も居はしなかっただろう。
「何だかんだいっても、目立つんだよなこの頭・・・」
 銀髪の髪を棚にある帽子で隠しつつ、自分の容姿にあうものを「しっかしこれもびみょーだな」などとぶつぶつ云いながら探しているのだった。


41

「おやぁー?これはこれは珍しいお客様で」
 背後からの声に、ぎくりと、泥棒は足を止めた。
 恐る恐る振り返る。
「どうも初めまして。そしてさようなら。当館メイドの一人、レニオルと申します」
「ね、・・・姉ちゃん、その・・・手に持っている、それは、なんだい」
 泥棒は引きつった声で云った。レニオルは呑気そうな笑みに似合わず、刀を佩用していた。
「刀で御座いますわお客様」
 レニオルは見ている方が幸せになれそうな笑みを浮かべて、さらりと云った。
 泥棒は僅かに後ずさりしながら云う。
「どうも俺は場違いみてぇだな・・・。た、退散しようかなー、と・・・」
「そう云うわけには参りませんお客様。おもてなしをしないと常時欲求不満のロイアにお叱りを受けてしまいます。少々のお付き合いを願いますわ」
 レニオルは柄に手をかけ、相変わらずにこやかに云い切った。
 泥棒はいよいよ顔を青ざめた。


40

 ごう、と草むらが燃えていた。
 炎が広がるに連れて空が紫煙に包まれてゆく。
 由佳は逃げようが無い位置に居た。自分より丈の高い草の中、何処まで続くか判らない草の中、由佳は叢中に棒立ちになって、とめどなく涙を流しながら呟いている。
 さらに由佳の足元には、一人の男が横たわっていた。既に生気が失せている。
「何で・・・何で・・・こんな・・・」
 云っている間にも炎が草むらを侵食しつづける。
 あっという間に傍まで来た。由佳は未だ逃げようとはしない。逃げようという意思すらない様であった。唯とめどなく泣き続ける。
「こんな・・・つもりじゃなかったのに・・・」
 炎が、由佳を、死んだ男を、一帯の草むらごと飲み込んだ。
 しかし炎中から泣き声が止む事は無かった。


39

 男は少女を中心に散っている。その数六人ほどはいよう。
 しかしその少女は動じることなく、ふらふらしながらも腕を前に出し、構えの姿勢をとりながら立っている。っつーか、寝てる。
「舐めやがって・・・コイツが睡拳の使い手だと・・・?」
 男の一人がその少女の様子に憤慨して云う。
「それっぽく寝ているだけだろうが!さっさと殴り倒しちゃれ!」
 その声と共に男が四人ほど同時に出た。
 鉄棒が振り下ろされ、チェーンが唸るようにして襲い掛かる。
 刹那、少女はふらふらと動いた。本当にふらふら動いただけなのだが、その動きは背後のチェーンをかわし、鉄棒を避け、あっという間に男の一人の前に立った。
「なっ・・・」
 喋る間もなかった。他の三人は見えもしなかったろう。次の瞬間に男は宙を舞って地に落ち、微動だにしなくなる。
 他の三人は一瞬怯んだが、その間にも少女はふらふらと動きながら近寄り、一撃、移動、一撃、移動、一撃。いったいどのような攻撃で自分がどうなったか当人には確認の仕様もなかったであろう。兎に角、近づいたが最後、一瞬で吹っ飛ばされた。
「な、何だコイツ・・・」
 残る二人のうち、一人が気配を消して近づく。少女は動かない。
「てりゃっ!!」
 木刀を思いきり少女の頭に叩きつけた。少女は今度は避けもせずに喰らった。ごん、と酷く重そうな音が響く。
「ど・・・どうだ?」
 まだ一人近寄らずに成り行きを見守っていた男が恐る恐る聞く。
「・・・何すんのよ」
 返事をしたのは木刀を持った男ではない。木刀で叩かれた少女の方だった。
 少女は痛がる以上に青筋を浮かべ、おもむろに振りかぶり、
 殴りつけた。
 一番凄い一撃だった。男は吹っ飛び、残る一人をも巻き込んで落ちた。
「起きてる方が・・・強いじゃ・・・ねぇか・・・」
 男が気を失う前に呟いた一言なんぞ聞こえなかったかのように、少女は「あたし何でこんな所に来たのかしら」と呟きながらその場を後にした。


38

 真紅の髪の悪魔は、深緑色の瞳を無関心そうながらも真っ直ぐに僕の方へ向けてきていた。
 そして矢張り以前同様その膝には布で覆われた鳥篭が抱えられている。中からは相変わらず鳥が居るのか居ないのか、物音一つする様子はない。
「な・・・中には、籠の中には何か鳥が居るのかな?」
 僕は苦し紛れに言葉を吐く。
 その秀麗な悪魔はゆるゆると僅かに顔を上げると、
「鳥は・・・居ないわ」
 喋るのも面倒とばかりに、それだけを云った。
「鳥は、と云うことは何か居るのかい?」
 暫し、間。
「・・・私」
 心が壊れてしまいかねないくらい、その声は脆かった。
 其の悪魔の云う事は大方間違っては居ないだろう。この狭く、何もない空間に幽閉されているこの有り様は、まさに飼い殺される鳥だった。飼い殺すための鳥篭だった。
 僕が何時までも声を返さないのを話の終わりと見てか、悪魔は再び視線を鳥篭へと落とした。


37

 全く、嘘臭い都市伝説だと思う。
 そんなことが、いや例えそんな事があったところで、誰かがそれに丁度よく引っかかるなんて云うのもまた、有り難いことだろう。
 そんな事を考えているうちに、
 プルルルルルルルルルルル
 と、電車のベルがなった。
 電車は割りと空いていたが、生憎と僕は座れなかったため、ドアのすぐ傍の所に場所を取っていた。
 もうすぐドアが閉まるというところに、数十メートル向こうから高校生くらいの女の子が物凄い勢いで駆けてきているのが見えた。乗る気だろうか。
 僕がのんびり見ていると、女の子は見る間に駆けつけてきて、ドアが閉まろうとした時にはギリギリ車内に足を踏み入れていた。
 そのままドアが閉まる。
 女の子が車内で激しく息をついていたが、僕はそれどころじゃなかった。
 全く、嘘臭い都市伝説だと思う。
 三百両に一両、ドアがギロチンになっているという根拠も何もない、小学生が考えそうなレベルの都市伝説であったが、今一瞬、閉まる際にドアが鋭く煌めいた気がしたのだ。


36

 連は振り返ると、笹見に云った。
「よォッし、新入り、先ず確認しておこう。怒らねぇからおめーの「死神」ってヤツを云ってみな」
 笹見は怒らないと云う言葉に後押しされたように恐る恐る喋り始める。
「え、えっとですね、まず・・・黒いローブで全身包んでて、顔が骸骨で、おっきな鎌を持って・・・死にそうな人の魂魄を狩る・・・って感じ・・・です」
 それを聞くと連は笹見の予想に反して、さも可笑しそうに笑った。
「あっはははは!・・・まぁ最近のヤツは大概そう云うよな。何故か。零字んトコの新入りもそんなこと云ってたっけなあ。だけどな、違うんだよ。「死神」ってののお仕事はゲストを冥界の門まで連れて行くこと。それだけだ」
「ゲスト・・・?」
「死者、だ。別に死にそうになってたって生きてりゃ殺しはしねぇ。ただな、死後放っておくと阿呆どもが勝手にタマシイかっぱらっちまう。俺らの仕事はそう云う阿呆どもの手に渡らぬよう、大切なお客様を冥界入りさせることだ」
「・・・死んだ人の魂魄なんて持ってってどうするんですか?」
 笹見がその疑問を出した瞬間に、連の顔から笑いが消える。
「・・・詳しくはしらねェよ。ただバケモンどもにとっては食料になるし、違反者どもには捨て駒が増える」
 笹見も、バケモンと云う言葉を聞いて血の気が引いた。
「化物・・・が、居るんですか」
「居るよ。そう云うのを殺すためのエモノだ」
 連はそう云いながら腰に差した二本の刀を叩いた。
「・・・あと違反者もな。あいつらの行動理念はさっぱりだが、年々仲間を増やして、ばかばか死神連中を殺しやがる」
「・・・・・・・・・」
 笹見の表情に翳りが差した。
「・・・ま、いいさ。何はともあれ実践だ。着いて来な。死神業のイロハを教えてやる」
 連は軽く地を蹴ってふわりと浮き上がった。
「あ、は、はい!」
 慌てて笹見が後に続く。
「っと・・・待てよ、ほら。こいつを貸してやる」
 連が腰から刀を一本外して笹に投げる。
「え、え?でも、刀は・・・」
 笹見は、担当官と居る時は決して刀を持つことは出来ない、と聞いていたために酷く戸惑った。
「いいよいいよ。イチイチ教えるの面倒だからよ、俺のやることを見様見真似で覚えやがれ。で、覚えてお前が刀貰える時になったら返せ」
 連はそれ以上の問答は無用とばかりに、返事を待たずして、飛んだ。
「・・・わ、わかりました!絶対、絶対にお返しします!」
 笹見は僅かに頬を紅潮させて叫ぶと、連の後を飛んだ。


35

「それにしても・・・今日は一段と冷え込みますねぇ」
 ナーシュリーが飽きずにパイプばかり作る俺とロワクル爺さんを飽きずに眺めながら、呑気に云う。
「そうじゃのう・・・初雪でも降るかもしれんな」
「えっ!雪ですか!」
 毎年毎年雪の季節には犬のようにはしゃぎ回るナーシュリーが、今年も初雪と云う言葉を聞いて嬉しそうに反応した。尾がついてれば喜びのあまり、カシュケー家の犬みたいに邪魔なくらい振っていただろう。
「これだけ冷え込めば大抵は降るもんじゃよ。・・・ちょっと見てみようかの」
 ロワクル爺さんがパイプを作る手を止め、自分のパイプを咥えて立ち上がった。
 ロワクル爺さんがゆっくりと歩く後を、ナーシュリーがぴょんぴょんとついて往く。
「ほう・・・」
「わぁ・・・」
 カーテンを開けたロワクル爺さんとナーシュリーから感嘆の溜息が漏れる。
「見て見てリュイ!初雪!初雪!」
「あーもーわかったよ煩ェなぁ・・・」
 予想通りはしゃぎ始めたナーシュリーを、俺は手を振って適当にあしらう。
 そして俺は横目でナーシュリーと降雪を眺め、今年も本格的な冬がきやがったな、と思うのだ。


34

 紅葉の中を一人進むその姿がひどく似合っていた。赤い和服に赤い唐傘までもが全て其処に無ければならないような、その姿が一つの絵となって僕の視界の中に飛び込んできていた。
 彼女は、石段を登る途中で振り返って云う。
「どうしたのです。傘に入らないのですか。其処に立っていては風邪を引きますよ」
 彼女は急に僕がその傘の庇護下から雨中、立ち止まった事を珍しくも気にしてくれているようだった。
 しかし、僕は濡れ鼠になりながらも、この絵を何時までも見ていたいと思っていた。


33

 その少女は、河川敷で蛍と戯れていた。花の模様入りの青い和服を着たその少女は、蛍達の中心に居る所為か、彼女自身も光っているかのように見えた。
 不意に、少女が手をあげると、蛍の一匹がすっと滑り込むようにしてその手に止まった。
 その蛍は信じられない事に徐々に光を増していき、目をあけていられなくなるのではないかというほどにまで光が強まった時、その少女の手から離れたのか、上へと光が登っていった。しかしその光が再び群れに戻る事はなく、夜空へと高らかに上がっていって見えなくなった。
 そして視線を戻した時、僕は再び驚いた。
 其処からは少女も消えていた。
 唯、蛍の光が河川敷を舞っている。


32

 ツカサはその壊れた橋の先端まで往くと振り返って云った。
「よしたか、見とけよ!わたしは、この惑星を担えるほどの大物に、なる!」
 そう云いながらツカサは両手を広げた。ちょうど名も知らぬ蒼い惑星を言葉通り背負っているように見える。
 僕はそんなツカサを見て、こいつならやってくれるかもしれないな、と呑気に思っていたのだった。


31

 その女の子は、突然に現れたようにしか見えなかった。
 祭りの喧騒の中に、ふわりと真紅の和服を来た僕くらいの女の子が現れたというのに、全く周りは動じる気配がない。むしろ、見えていないかのような振る舞いだった。
 その女の子は目の前の焼き蕎麦の屋台を覗き込んだ後、ぐるっと周りを見渡し、僕と目が合うと、笑った。


30

「吉岡、おい、お前何やってんの?ゲームボーイ?」
 吉岡はチラリと僕の方を一瞥して、頷いた。
「何のソフト?」
ポケモン
 吉岡は淡白に答えた。
「へぇ・・・今更か・・・」
 僕は別に吉岡が何をやっていた所で驚かない。こいつはゲームを自分流に改造するのだ。違法かもしれないが、飽く迄も自分がやるためのものなので、問題はないのかもしれない。
「今何処までいったんだ?」
 僕は何気なく聞いた。特に話題がなかったし、それなら僕もやった事があるので判ると思ったのだ。
「今、ラスボス戦に入る」
「へぇ?ちょいと見せてくれ」
 僕は吉岡の手元を覗き込んだ。吉岡が僅かに僕に見やすいように傾けてくれる。
 本当に戦闘画面に入った瞬間だった。画面が暗転、ラスボス戦の音楽がなって画面が、・・・?
「何これ」
 僕は思わず再び聞いた。
ポケモン
 吉岡は変わらずに淡白に答える。
 しかし、違う。明らかに、違う。手前に居るのは見慣れた主人公ではなく、緑の帽子を被った、髭も見られる従来のものとは違う主人公だった。
 だが重要なのは吉岡曰くラスボスの敵だ。目線が黒く消されているものの、赤い帽子、青いずぼん、丸っ鼻、またも髭。
 そして何よりも、
『あにの マリオが しょうぶを しかけてきた!』
「何これ」
 僕は三度、聞いた。
ポケモン
 吉岡は淡白に答えた。


29

 瞬間、爆発音と共に白い霧が一面を被った。
「うお!?」
 黒猫のクライゼラが叫んだ。何かぶつかったのかもしれないが、いかんせん一面の霧のために、魔女のプロイストーンにも庇いようがない。
「クライゼラ、大丈夫!?」
 焦った調子のプロイストーンが声を掛ける。
「平気だが・・・てめェ一体何呼び出しやがった?」
 案の定何時も通りの声が返ってきてプロイストーンはほっとする。
「霧が晴れてみないと・・・」
「・・・くそっ、今の爆発で確実にノクジャアの卵は砕け散ったろうな・・・」
「私の心配もしてよ・・・」
「うるせぇな、俺に怪我があったら貴様にこの鋭利な爪の一撃でも呉れてやるところだ」
 クライゼラは本気であるという事を強調でもしたいのか、自称鋭利な爪で赤いタイル張りの床を軽く叩いた。
「でも、おかしい・・・。ノクジャアの卵で生まれるのはヴォキンガルデン辺りの筈なのに・・・」
「だから魔道書をよく読めと云ったんだ。はしゃいで先走ったって碌な事ありゃしねぇだろが」
 クライゼラが悪態をつく。
「ん?」
「お、霧が・・・」
 まるで何処かから風が入ったかのように一気に霧が引き始めた。
「あー!やっぱりノクジャアの卵割れてる・・・」
 プロイストーンは残念そうに額を押さえて云う。
「・・・待て。そのまま顔を上げて正面を見てみろ」
 クライゼラが真剣な口調で云う。
「な、いきなり何・・・」
 プロイストーンが云われたとおりにして、固まる。
「卵・・・?」
「しかも鶏サイズだな」
 そう、空中に白く、小さな鶏の卵のようなものが浮いていた。周りに凝縮されたきりを纏っている。霧が引いたのはこの卵の所為の様だった。
「ど、どうしよう・・・?」
 プロイストーンがクライゼラに問い掛ける。
「どうしようもこうしようもあるか。折角のノクジャアの卵を犠牲にして生まれたんだから一応とっておけよ」
「うーん・・・失敗したなあ・・・」
 その時、まるでプロイストーンを嘲笑うかのように空中の卵が微動したが、プロイストーンは気付かなかった。


28

「メインフレーム、異常なし。右腕、正常に動きます」
 作業服を着た整備員が、その娘の右腕に油性ペンでなにやら書き込んでいた。
 娘といっても生身ではない。頭の三分の一ほどが取り外されて中の構造がみれるし、左腕が、まだついていない。こちらも機械の中身が露出している。
「ユイフェン、・・・どう?動くかしら?」
 ユイフェンと呼ばれたその娘の後ろで、先ほどから絶え間なく手にもつボードに書き込みをしている眼鏡を掛けたショートの女が云った。こちらは作業服は着ていない。
 ユイフェンがぎこちなげに右手の指全体を動かし、
「はい。神経接続は完了しています。五分の慣らし運動で従来の動きに戻れます」
 女は答えを受けて軽い溜息をつき、
「・・・そう。では戦闘活動も行えるわね」
 残念そうに云った。
「可能です。しかし、左翼部のキリバルブカッターの強度に低下が見られます」
 ユイフェンは抑揚なく云う。
「交換の必要性は?」
 作業員が聞いた。
「あと二度までなら問題はないかと思われます」
「・・・わかったわ。では五時間後の模擬戦闘に出撃するように。模擬戦闘後にカッターの変更もお願いするわね」
「了解ですマイマスター」
「かしこまりました」
 ユイフェンと作業員が同時に答える。
 女は振り返らずに歩き去った。


27

 まるで大樹の幹の一部のようであった。
 裸体で、その遊翼族のエルフは眠っていた。皮膚が、腕が、幹と同化している。
 何処か憂いのあるような表情で眠り続けるエルフを見て、僕は助けを求めるかの如くふらふらと近寄った。
 目の前まで来て、僕はそのエルフの頬に触れる。
 長い時を大樹と共にした、エルフの瞳がゆっくりと開いた。


26

「宏次さん、この子はきっと・・・時間は掛かるでしょうけど、大きく育ってくれますよ」
 そう云って三舟は微笑った。
 なんとなく俺は目を細める。障子の向こうから差し込む陽光が、白い和服に身を包んだ細い三舟の身体を消してしまうような気がした。
 三舟はそんな俺の心中を知ってか知らずか、小さな苗木を持って慈しむような視線をおくっている。
「・・・でもお前が手塩にかけて育てりゃ、大きくても病弱かも知れねェぞ?」
 俺が答えると、三舟は驚いたように軽く目を見開いて、くすくすと笑った。
「まぁ、ひどいですよ宏次さん。そうだ・・・ならあなたも一緒に育てて下されば丈夫になるかもしれません」
 三舟は何処か期待を込めた口調で云った。
「そうだな―・・・。まぁ、気が向けば手伝ってやるさ」
 三舟はそれでも嬉しそうに微笑むと、
「有難う御座います。色々・・・お教えしたいこともあるので、良かったらこまめにおいでくださいね?」
 そう云ってから袖で口元を抑え、厭な咳をした。
「あぁ・・・わかった、来るよ。来る。望むだけ来るさ」
 俺がそう答えると、三舟は辛そうにしながらも、矢張り精一杯微笑うのだった。